一人の食事は「風流」の極みー東海林さだお「ひとりメシの極意」(朝日新書)

2020年8月18日火曜日

グルメ

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今の世間で失われてしまったのが、一人こそこそと店の暖簾をくぐって、満員で肩を寄せ合うようなカウンターの空き席に座って、隠れるように日本酒とつまみを「ちびちび」やる、という自虐的な楽しみで、新型コロナ流行下で、食事も家庭内、店はテイクアウトという中で、ひどく遠いものになっている。

そんな状況を寂しがっているあなたにおススメなのが、店舗内でも、家庭内でも、「一人こそこそ」と食事をする楽しみをあれこれと描いた、マンガ家でありながらエッセイの名手でもある「東海林さだお」さんの書く『ひとりメシの極意(朝日新書)』です。


【構成と注目ポイント】


構成は


特別対談【前編】メシも、酒も、一人が一番

第1章 冒険編ーいちばん手っ取り早くできる冒険が「食」だ

第2章 孤独編ーいじけても、ひがんでも、うまいものはうまい

第3章 探求編ー小さいことにこだわらずに、大きいことはできない

特別対談【後編】定食屋は風流です

第4章 煩悶編ー「メニュー選びにクヨクヨ」は、至福の時間

第5章 郷愁編ー懐かしいもの、ヘンなもの大集合

第6章 快楽篇ーああ。あれも、これも、ソレも食いたい


となっていて、本編はまず「丼いっぱいおかず無し」と題して、ごはんだけを食す試みや、いいかげんな食事の代表格「バター醤油かけごはん」についてあれこれ講釈するところから始まります。


東海林さだおさんの「食エッセイ」は、豪華な食事を取り上げても、質素な食事をとりあげても、食事の内容ではなく、東海林さん独自の切り口になるところが魅力で今回も


考えてみると、ぼくらの子供のころはバターは大変な贅沢品だった。

(略)

テーブルの上に、ごはんとバターが同時にのるということもなかった。

それなのにいま、こうして、ごはんの上にバターをのせて食べている。

人に隠れてこそこそ食べている。

貧乏系の食事だ、などと言われながら食べている


と「バター醤油かけごはん」のもつ時代の変遷を自虐系の語り口で始まるところで、人気歌手の定番ソングを聞いてコンサートが始まるような安心感がありますね。

そして、そのユニークな視点からの語り口は、どんどん加速していって、「午後の定食屋」での


メニューに限らず、古典的定食屋には守るべき本道がいくつかある。

①まずドア。これは手動でなければならない。自動ドアの定食屋などもってのほかである。

②テープル。デコラ。ないしはビニールクロス。

③イス。鉄パイプ製ビニール張り。色はグリーンないしは紺。

④メニュー。黒板に自墨書き。字は下手。達筆などもってのほか。

これらの条件をすべて遵守するのはむずかしいとは思うが、ぜひ守つてはしいものだ。

⑤主人。無愛想。多少の不機嫌。多少の偏屈。

⑥妻。同。

⑦服装。Tシャツ。前かけ。前かけに汚れ必要。コック帽、不可。

⑧インテリア。大型カレンダー。教訓カレンダー。カレンダーの下に天ぶら油の一斗缶が二缶積み重ねてあるが、これはインテリアではない。

⑨テレビ、必須。スポーツ新聞、漫画雑誌、必須。

⑩客入店時の「いらつしやい」などの挨拶、不可。

⑪客注文終了時の「かしこまりました」、不可。


という話のある午後二時の定食屋論とか、「グリンピース、コロコロ」の


グリンピースがのっかっているカツ丼とのっかっていないカツ丼。

この違いは大きい。

グリンピースがのっかっていないカツ丼は実務に近い食事になるが、のっかっているほうのカツ丼は急に遊び心が生まれる。

(略)

グリンピースがないカツ丼はいきなり。

あるほうはこのオープニングセレモニー。

たった六粒が大働き。


という「かつ丼」論であったり、「カツカレーの正しい食べ方」の


カツカレーは、食べつつも検討しなければならないことが余りに多い。

カレーだけならば、スプーンですくつては日に運び、すくっては国に運べばいいが、カツカレーの場合は、そろそろカツをかじってやらなくちゃ、とか、このへんでうんとカレー汁をまぶしたカツとそれほどカレー汁をまぶしてないライスを一口食べて、エート次は、それほどカレー汁をまぶしてないカツとうんとカレー汁をまぶしたライスを食べて、なんて検討していると、だんだん頭が混乱してきて放っておいても興奮してくるものなのです。


といったあたりになるといったい自分は「食エッセイ」を読んでいるのか、難しい思想書を読んでいるのか、村の古老の与太話を読んでいるのか、頭の中がぐるぐるしてくる感覚が心地よいですね。


このほか、「どこの店でもカレーのルーが少ない」問題であるとか、「海鮮丼を食べるときの具の領土問題」であるとか、「味噌汁のわかめと母親の共通項」であるか、日々の食事に」に潜んでいて時折激しく心を悩ませるのだが、やっぱりどうでもよいような話が独特の語り口で語られているので、いつもの「東海林さだお」本の魅力が愉しめる一冊になってます。


【レビュアーからひと言】


本書でお得感があるのは、グラフィックデザイナーで居酒屋探訪家として有名な「太田和彦」さんとの対談集が収録されているところで、例えば前編で居酒屋の注文のやり方を語り、


太田 いきなり天おうら盛り合わせは、いかがなものでうかね。盛り合わせはできるだけ選んでいただきたくない。

東海林 盛り合わせは下等な選択。

大田 下等とは言わないが、主体性がない。

東海林 人間的にもダメなんだ。

大田 クリエーテイブな人じゃないです。「自分の頭で考えろよ」と言いたい


であったり、後編の「定食屋」についての


東海林 定食屋というのは、味噌汁は前の被につくったようなものだし、熱心にやってないというのが基本姿勢で、・・・その味を味わうのが定食屋。・・・

太田 それは味とグルメでは語れない別世界で、僕はとても高級な世界のような気がするんです。

東海林 「高級」ではないけどね(笑)


といったところは、実力のあるジャズ奏者かピン芸人二人が突然コンビを組んで演じ始めるような、ライブ感満載の対談が味わえます。

ここらを読むだけでも本書を開く価値はあります。

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日本の人口最少県の住人。なりわいは行政書士。読書好き、ガジェット好きの昭和人です。

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