塩野七生 「ローマ人の物語  危機と克服」(新潮文庫)21〜23

2005年11月13日日曜日

塩野七生

t f B! P L

 暴君・暗君の西洋の代表例とされるネロが自殺した後、混乱から次世代の「賢帝の時代」へと繋げる過渡期の時代の「ローマ人の物語」


塩野七生 「ローマ人の物語 21 危機と克服〔上〕」(新潮文庫)

ネロが自殺した後のローマ帝国。
死後、ガルバ、オトー、ヴィテリウスと3人の公定が順番に即位するが、ガルバが6ヶ月、オトーが3ヶ月、ヴィテリウスが8ヶ月という短期間で入れ替わる。しかも、3人とも殺されるか、自殺。それでも、ローマ帝国は続いたのだから、屋台骨がしっかりしていて、民族が力を失っていない間は、少々、上がぼんくらでも大丈夫という実証。

ガルバは、血筋は良いが、人事にしろ財務にしろ、悪いほう悪いほうへ、わざわざ梶をきっていく方向音痴

オトーは、手堅い行政官だが、大事なところでひるんでしまい、結局、角を矯めて牛を殺してしまうドジ。

ヴィテリウスは、水に落ちた犬を叩きのめしたら、後で噛み付かれて重症を負ってしまう怠惰な大食らい。

といった感じなのだが、皇帝にならなかったら、それなりにまっとうな人生をおくれたんじゃないかと思う。どこでにでもいる人間が、これといった自覚もなしにエライ人になってしまい、とんでもない目にあうお話そのまま。

この間、ユダヤの反乱とかいろいろおきているのだが、とりあえず帝国は滅びない。
この巻では、水におちた犬(ドナウ軍団)が、落ちたのをいいことに笠に着ていじめた奴(ライン軍団)に仕返しをし、親玉のヴィテリウスを殺してしまうまで。本命(ヴェシパシアヌス)は次の巻から登場。

塩野七生 「ローマ人の物語 22 危機と克服〔中〕」(新潮文庫)

ネロの死後の3人の頼りにならない皇帝が即位している間、といっても、皇帝ガルバの即位が紀元68年6月で、三人目の皇帝ヴィテリウスの死が紀元69年12月だから、ほんの1年半ぐらいの間、ローマ人の同士討ちに触発されて、ゲルマン、ガリア、ユダヤで氾濫がおきる。

この巻の前半は、この反乱と鎮圧の話。ゲルマン・ガリアの内乱は、かなり大規模でローマもあわや、という側面もあったらしいが、なにやらガリヤ(今のフランス)とゲルマン(今のドイツ)の仲にスキマ風がふいたあたりから、急激に瓦解する。
フランスとドイツが仲が悪いのは近代に入ってからではないらしい。
現代でも、なにかといがみあうのはローマ以来の筋金入りというわけだ。

一方、ユダヤの内乱の方は、かなり長引く上に辛気臭いものがつきまとう。
宗教や、ユダヤ人同士の対立が見え隠れするせいだろうか、ゲルマンの反乱に比べ陰気な反乱。おまけに最後は篭城攻めをされて、あえなく敗北。非戦闘員もたくさん死ぬ、おまけに身内で殺しあう集団自殺のおまけつき。

巻の後半は、皇帝ヴェスパシアヌスの治世。反乱と内乱の後始末といった苦労なこともあったろうに、手堅い政治をしている。
ナンバー2のムキアヌスも有能だったようだが、この人も只者ではなかったようだ。容貌は、まるまっちい、風采のあがらない田舎の親父といったものだったらしいが、外面で人を判断してはならないというローマ帝国時代の見本のような人。

後継者問題、新しい税源問題といった難問を、着実にこなしながら、70歳で没。ローマ帝国時代の徳川家康といったところか。
(まてよ、時代はヴェスパシアヌスの方が古いから逆か・・・)

塩野七生「ローマ人の物語 23 危機と克服〔下〕」(新潮文庫)

ヴェスパシアヌス死後、二人の息子が順番に即位。しかし、それぞれ病死、暗殺といった不幸な形で政権を譲っている。この二人が若くして死んでしまうので、フラビウス朝は、ここで断絶。その後、ネルヴァ、トラヤヌスと続く、いわゆる5賢帝の時代へ続いていく。
この本では、トラヤヌスが即位するところまで。

ヴェスパシアヌスの没した後、まず長子のティトゥスが即位。やる気があって、経験も豊富、暖かくて素直な人柄の人だったらしいが、いろんな事件が多すぎた。ポンペイを生き埋めにしたベスビオス火山の噴火、その後に、首都ローマの大火事。その次の年にはイタリア中に疫病が蔓延。即位していた期間は2年間らしいが、立て続けに災厄が訪れたらしい。ティトゥスは、不眠不休で陣頭指揮。ついでに自分も疫病にかかりあえなく死去。

ローマ市民みんな早死を悲しんだらしいが、中には「治世が短ければ、誰だって善き皇帝でいられる」と皮肉った人もいたらしい。これはちょっと酷評すぎると思うが、ついてない皇帝であったことは確か。力量や能力にかかわらず、巡りあわせの悪い人の一言。ただ、運の悪い人と一緒にいると,、悪運もうつるってのはあるよね。


その後は、弟のドミティアヌスが即位。これまたやる気まんまんの真面目皇帝だったらしい。この人、死んだ後、「記録抹殺刑」にされている。

公式記録、碑文の名前を削ったり、その人の像を壊したり、元老院の了解を得ずに出された法律は無効にしたり、といった刑らしい。いなくなってから、あいつのことなんか、とーに忘れたけんね。思い出しもせんけんねー、といった集団で知らん振り、なかったことにするという、結構ガキっぽい刑だ。

しかし、死んだ後、記録抹消にされたからといって、この人のやったことは、忘れたいほどひどいことではなかったらしい。ゲルマンからローマを防衛する「リメス・ゲルマニクス」(監視用の塔、補助部隊が詰める基地、主力の詰める基地、それらをつなぐ道路網の複合体)の建設を開始したり、司法を厳格にしたり、蛮族相手の戦争をして負けなかったり、水道などのインフラ整備を進め、そのくせぞ財政は破綻していないということだったらしい。
なんで、こーゆー(良い)奴が殺されるの?といった素朴な疑問を持つが、暗殺したのは、養子にした息子の実の父母が異教徒(キリスト教らしいですが・・)になったのを咎めて死刑と流罪にしたら、次は自分の番か、とトチ狂った親戚の仕業。

逆上した奴には皇帝もかなわなかったってことか・・・・。

ドミティアヌスが死んだ後、突然、記録抹消刑だーってことを元老院が決めてしまう。ガキ大将が怪我したら、今までいじめられても文句をいえなかったのが集団で、とっちめるといった構図かな。ドミティアヌスの場合は、いじめたという訳でなく、やたら厳格で真面目だったようだから、ガキ大将というより、やたら煩い学級委員長への仕返しかな。

特に、フラビウス朝の出身は騎士階級で、ねっからの元老院階級、いわゆる貴族(パトリキ)でなかったから、名門のボンボンやご隠居様、大殿様たちの仕返しの側面もある様子。

ドミティアヌスの死後は、元老院階級の出身で、長老格のネルヴァが即位。誰が見てもショートリリーフだったらしいが、彼が、後継者として指名したのが、属州出身のトラヤヌスだったから、皆あっと驚いたらしい。まあ、そうだよね。元老院にしてみたら、騎士階級出身のくせに法律に厳格で、おまけに能力も高い、しゃくにさわる奴が自滅してくれたと思ったら、貴族(パトリキ)ではあるがイスパニアの属州出身の男が次期皇帝に選ばれたのだから。ただし、ローマの軍団は、異論なかったらしい(もっとも、ローマ軍団はドミティアヌスに不満でなかったらしいから、当然か)。詳しくは次の巻。

<追記>

この本で、印象に残った言葉たち

ローマがあれほど長命だったのは、ローマ人が他民族を支配したのではなく、他民族までローマ人にしたからだ。

ローマ史とはリレー競争に似ている。既成の指導者階級の機能が衰えてくると、必ず新しい人材が、ライン上でバトンタッチを待っているという感じだ。
権力者が権力を保持し続ける要因には、その人に代わりうる人物がいないからやむをえず続投してもらう、である場合が少なくない。言い換えれば、後継者難のおかげで、機能不全に陥った既成の支配階級でもあいかわらず権力を保持し続ける、という状態である。そしてこの結果は、衰退を止められなくなったあげくにやってくる、共同体そのものの崩壊だ。つまり、バトンタッチする者がいないために走り続け、ついにはトラック上で倒れて死ぬ、という図式である

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