下川裕治 元祖・沈没旅行記の定番「アジア」シリーズを紹介

2005年12月7日水曜日

下川裕治

t f B! P L

 バンコクをはじめアジアの都市に旅行して、そのまま長期滞在してしまう「沈没」旅行記の元祖である下川裕治さんの「アジア」シリーズ

下川裕治 「アジアの誘惑」(講談社文庫)

忙しすぎる日本と、「飽きた」の一言で仕事をやめてしまう東南アジア国々の人々や蚊取り線香でも死にそうにないアジアの蚊と蚊がとまる瞬間に蚊をたたけるアジアの人、そして国境ともいううのもおこがましい田舎の国境地帯の話など、下川裕治さんお得意のアジアネタの数々。特に、最悪の乗り物の一つである「アジアのバス」の話も登場


第2章ではアジアの歩き方についての下川流のウンチクが傾けられる。例えばアジアを歩くには、三日以上フロに入らなくても平気とかゴキブリのいる店で平気で食事できるとか、ちょっと偏見なのかもしれないが、役に立つ(かもしれない)アドバイスが語られる。

私のような「アームチェア・トラベラー」はこうした小ネタに弱い。まるで旅をしてきたかのような錯覚さえ覚える。

第3章はアジアの旅やアジアの人への随想。著者がアジアの旅を始めた頃と比べ、アジアそのものが変わってしまっていく話や、フリーランスを目指しながら売れてくると、やはりサラリーマン社会に組み込まれていくといった話は切ない。

そして、アジアと日本に関しての最近の陰の部分、借金漬けと不法滞在の話が語られる。しょせん、日本人は「西洋人の顔をしたアジア人」でしかないのかもしれない。それは、異国情緒と貧乏旅行の話を好んで読んでいる私の姿ともオーバーラップするのだが。

下川裕治 「アジアの友人」(講談社文庫)

「アジアの誘惑」に続く第2編。

今回の著書は、アジア特にバンコクにおける、気楽そうな現地の人たちとのやりとりだけでなく、タイ人の日本での不法滞在という陰の部分についても及んでいる。

アジア、特にタイに関わってきた著者の昔から今めでの鳥瞰ができる一冊。
途中、旅で出会った特色ある人や物事を書いたコラムも、非常に面白く、お薦め。

第1章では
売り手と買い手の間の交渉価格が値段であって、定価というもののないアジアの物の値段、と金持ちはたくさん払うべきだというアジアの二重価格の根底にあるはなはだしい貧富の差。香港の重慶マンション(たくさんの旅行記でおなじみのバックパッカーのメッカ)の昔の思い出と香港返還の重慶マンションの様子。アジアでは、やたら眠りたくなるという著者のアジアでの昼寝へのこだわりの話しなど。
そして、この後の著者の沖縄への傾斜が垣間見えはじめている。

第2章では、一転して、日本におけるタイ人の話。
タイに深く関わり、そのため、日本へ不法滞在してしまうタイ人にも深く関わってしまった著者がと、賃金のピンはねや異国暮らしに疲れながらも、不法滞在し、強制送還され、
それでも金を稼ぐに日本にやってくるタイ人の姿が描かれる。(景気がよくて国際的な出稼ぎ場所だった頃の日本の姿として読んでもよいだろう)
タイ人の在日韓国人との結婚の話(「仁和とミカの結婚物語」)に、日本も複雑な国際社会であることに、ふと気づく。

第3章は、アジア、特にタイとの20年を振り返っての随想。外へ外へと向かっていた頃の日本を感じる。貧乏ではあったが、好奇心と元気にあふれていた時代。そして、ファッションや逃避のようにスーツケースを抱えてバンコクに沈没する今の時代の旅 など。

下川裕治「アジアの旅人」(講談社文庫)

下川裕治さんお得意の東南アジア諸国の旅行記、滞在記。この人が東南アジア、特にタイについて書いたものは、東南アジアの川のように、とろりとした雰囲気が漂ってくる。それは、この人が、しっかりとタイの人々や風物への愛情を持っていせいだろう。どこでも寝てしまうリキシャの親父や、混雑がひどいにもかかわらずマイカーを使い続けるタイの人たちへの目線が非常に暖かい。


また、第2章ではタイだけでなく周辺の地域(ラオス、バリなど)についても広げられていく。それぞれに事情は違っているが、やはりそこはアジア。たくましく、そしてどこかルーズなエピソードがあふれている。たくましいといえば、「明日(買う)ね」といった著者に「明日、買うといったじゃないか、さあ買え」とタバコを売りつけてしまうおばさんのたくましさには笑ってしまう。(アラビアでも「ボークラ」(明日)といえばしつこい商人も退散するというのに、ベトナムのおばさんは、それを上回るわけだ。もっとも著者は路上売りの掟破りといっているが)

続く第3章では、アジアにおける牛肉と豚肉と犬肉のうまさの比較、ヤシの木の汁を原材料にした幻の「ヤシ酒」、水害に悩まされながらも水と縁の深いタイの人々の暮らし、そして、日本の中の東南アジアといえる「沖縄」について語られる。

東南アジアの旅行記として、安心して楽しめる一冊。章間のコラムや写真も楽しい。特にチャーハンや麺類などの食べ物の写真は、どれも美味しそうで食べたくなるのは私だけだろうか。

下川裕治 「アジア漂流紀行」(徳間文庫)

「味わい深いアジアン・ホテル」「アジア バス事情」「アジア・ディープ・ウオッチ」「アジア鍋行脚」「アジア屋台めぐり」「アジア駅弁事情」の7篇。

「味わい深いアジアン・ホテル」では、年齢から、いわゆるバップパッカー専門の安宿から、街中の中流ホテルへ泊まるところを格上げせざるをえなかった(といっても、10米$から20~30米$へあがった程度だが)筆者が、アジアのホテルについて語る。といっても、部屋着とパジャマの区別のないアジアの宿泊客(といっても最近は、ホテルの部屋やその近辺をスェットですます人も多いから、日本も一緒だよね)やホテルの部屋が自分の部屋と同じになりがちなホテルの従業員のおばちゃんたちなどたわいのないお話が語られる。

人が乗ればバス、荷物が載ればトラックというアジアのトラックバスやバスや列車のチケットの購入が一日の一台仕事となってしまうバックパッカーの暇さ加減とチケット入手の劣悪さ(アジアバス事情)

日本の若い人は怠け者で勉強しないから使えないという不法滞在のアジア人の雇われ店長、夕日が嫌いなビルマ人、飲茶を忙しく食べながら、同時に忙しく商談する香港人、一見、のんびりそうに見えて激すると、とことんまでいってしまうタイ人など、いろんなアジア人の横顔(アジア・ディープ・ウォッチ)

アジアの共通の料理方法といってもよい鍋料理。最初は韓国のふぐ、ラーメンチゲから始まり、中国のウィグルで鍋料理をぼられたり、香港で、食べ方がわからず、屋台のおばちゃにレクチャーを受けたり、(アジア鍋行脚)、この手のバックパッカーものでは珍しくけして上等とはいえないアジアの酒の話が語られる(アジアの酒行脚)。

やはり圧巻は食べ物の話。さすがに東南アジアにどっぷりとつかていた筆者なので、屋台の料理にかけるウンチクはすごい。ほかの屋台からの持ち込みも自由で、おまけにいろんな種類の屋台があるから、朝飯から晩飯まで、どころか、おやつまで対応可能な屋台にかける筆者の愛情はただものではない。おまけにここで語られる麺は言うに及ばずパンにいたるまでの食べ物はやけに旨そうだし(アジア屋台事情)、引き続く、駅弁の話もgood。
丼をそのまま届けてくれるベトナムや、カップラーメンと魚肉ソーセージがセットになっている中国のお手軽駅弁。英国風がそのまま生きづくインドの長距離列車の食堂車配達の豪華カレー弁当など(アジア駅弁行脚)。

旅本の醍醐味は、ちょっと変わった風習と食べ物だよなーとあらためて思う一冊。

下川裕治 「アジア極楽旅行」(徳間文庫)

「アジアの旅の十二カ条」「アジアと日本の新しい関係」「日本と関わるアジア人物語」「激揺するアジア」の4章。


アジアの旅の12か条、当然バックパッカーを中心とした貧乏旅行の心得だが

・ホテルではウンコをしない(ホテル内だけの水洗なので逆流したり、あふれたり・・・)
・駅前ティッシュを持参する・・紙で尻を拭く文化になれていない(手と水で処理)ので紙がなかったり、あっても紙が硬かったり。

・$の現金をもっていく・・・貧乏旅行者が出入りするようなところでは、トラベラーズチェックやクレジットカードは使えない。もう一つはヤミ両替は現金でないとダメなこと
・貧乏旅行者は女(男)を買わない・・・ことに及ぶ時、貴重品(金、パスポートなど)の置き場に困る
・車の免許をもたない・・アジアの車の整備状況、故障の多さ、交通事情の悪さを考えると最初から免許をもたない方が悩まない
・アジアではすべての動力車がタクシーである・・・アジアではエンジンのついている車はすべてタクシーになる。バスや乗用車だけでなく、トラックもなるし、バイクだって立派なタクシーに変貌。おまけに営業をはじめるのに、車以外の資本は必要ないから、誰でも始められる商売。
・中国人は寒さにめちゃめちゃ強い(雪の積もった道端でも寝られるぐらいだそうだ。おかげで、かなり高級なホテルでも暖房が入らないことになり、ヤワな日本人は凍えてしまうことになる)

などなどが披露されている。中には「アジアでは喫煙者の人権はない」など、いつの間にか、日本でも同じような状態になっていることもあり、時代の変化を感じさせられるが、貧乏旅行の姿を垣間見る思いがする。

「アジアと日本の新しい関係」では、日本の風習や物とアジアとの微妙な関係が語られる。日本のペイントのまま走っているラングーンの中古バスや、タイの鍋料理(いわゆるタイスキ)や香港の鍋料理にも卵がいれられようになったことや中国ではカップヌードルと魚肉ソーセージが定番のセットになっていることなど。また、トイレットペーパーの三角折は、出稼ぎにきていた東南アジアの女性が広めたのでは、といった話まで広がる。日本もアジアの一部分であることを痛感させられる。
また「日本と関わるアジア人の物語」では、日本に留学しながらビルマへ帰国せざるをえなかった青年や、出稼ぎ先の日本のタイ人スナックでエイズにかかってしまったタイ人青年の話など、少しゆがんだ形で構築されていた日本とアジア。そして、最後の章「激揺するアジア」ではそうしたこと無視するかのように、おおきく変わっていくアジア、経済発展が人々の暮らしを飲み込んでいく上海と中国本土へ返還される香港。また、大国中国とベトナムの間で、行き方の定まらないビルマとカンボジアの姿が描かれる。

バブル崩壊後、アジア経済の羅針盤は日本だけではなくなって久しいが、アジアはいやおうなしに変化していっていることを感じさせられる。

下川裕治「アジア迷走紀行」(徳間文庫)

「変わりゆくバックパッカー」「新・アジア食事情」「ちょっとおまぬけ、アジアン・ビジネス」「アジア人間模様」「それでも僕は旅をする」の5章からなるおなじみ下川裕治さんのアジア本 「アジア迷走紀行」(徳間文庫)である。2001年にこの文庫本用に書き下ろされたもの。

「変わり行くバックパッカー」では、日本を旅するかのように無防備にカオサンにやってくる若者、「ここは楽だから」という理由で移住してしまう女性。筆者とは肌合いが違ってしまった、最近の「アジアの旅人」の姿が語られるし、「新・アジア食事情」では」ゆっくりと食べることが美徳だったタイで、日本のラーメンライスのようなクィッティオライスが登場したり、食べ放題の店が流行している様子が出てくる。

何か筆者が自分の付き合い始めた頃のアジアと様変わりしていく姿にとまどっているような印象を受けるがそんな筆者の思いをよそに「アジア」は、まだ元気なのである。ただ乗りの弁当注文とりが出現するタイの地下鉄や、子供ができると頼りにならない男を尻目に生活力のでてくるアジアの女性。ミャンマーの女性の度を過ぎたような美白願望。アジアは、まだまだ多様で活気に溢れている。

そして最終章「それでも僕は旅をする」である。

煙草喫がどんどん阻害されても禁煙しなかったり、貧乏旅行でなくても安宿に泊まりたがったり、タイのガイドブックづくりに参加していながら、タイの料理店にはメニューは必要ないとか言ったり、まだまだ、貧乏旅行者魂は筋金入りである。

きっと、今も、タイの街角を、この人は歩いているのではなかろうか。



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日本の人口最少県の住人。なりわいは行政書士。読書好き、ガジェット好きの昭和人です。

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