開高 健 「もっと遠く! 南北両アメリカ大陸横断記 北米篇」(上)文春文庫
一時期は、熱狂して読み漁っていたのに、なにかの折にパタンと読まなくなってしまう作家というのがある。私の場合、「開高 健」もその一人だ。「最後の晩餐」といった食エッセーから、ベトナムを題材にした数々の小説群、釣りのエッセイや対談集など、買い漁っては、読み、その書癖というか、熱狂を秘めながら、冷めているという特性のある表現を好んでいたのだが、なんとはなしに冷めてしまった。
それは、いわゆるフライやルアーの「釣り」が匂わせるスノッブさが嫌になったのかもしれないし、ベトナム戦争から現在までの時代の流れの中で、いわゆる社会主義が色あせるどころか瓦解していくといった変化に、これらの小説群を読む、こちらの視線が、あてどなく、他所へいってしまったせいかもしれない。
そんなあまり理由のないことで遠ざかっていたのだが、ふと書庫の片隅から引っ張り出したところ、なんとなく懐かしい。なにか昔よき時代の話を聞いてるような感じがしてきてレビューしてみたくなった次第。
さて時代背景だが、1979年から1980年にかけてのアメリカ大陸横断である。世界史的には1979年10月の韓国の朴大統領が暗殺されたり、イラン革命がおこっている。
1980年にはモスクワオリンピックのボイコットやイラン・イラク戦争がおきている。またレーガンがアメリカ大統領となり、ジョン・レノンが暗殺された年だ。
いわゆる冷戦構造が健在で、共産主義と資本主義の牙城は双方健在であった頃。ロシアはまだソビエトで、アメリカはアメリカだった頃だ。この頃は、現代でも「宗教」が国を動かす、あるいは国を脅かす存在であるとは思いもしない頃だ。
そんな中で、アラスカから始まりフエゴ岬まで、釣竿片手に大陸縦断する旅の記録である。
久々に「開高節」とでもいいいたくなるような
いつも軽くしびれてしくしく痛む右手が氷雨やリールの金属の肌やで骨まで冷えこみ、凍りついたみたいにこわばっている、竿をふった瞬間に疼痛が右腕を走り抜けて肩をふるわせる。しかし、電撃が糸から竿の穂さきに達した瞬間、三十年が消える。十八歳の声が洩れる。昇華する。放電する。
氷雨が音をたてはじめた。
というような表現を見つけると、「ああ、これだ、これ。」と昔の友人に久方ぶりに会ったような感覚がよみがえる。
この巻の舞台は、アラスカからニューヨークの近く、ケープコッドまでである。
出会う魚は、北米の寒さ、冷たさを体現するかのような清冽な魚たち、レイク・トラウト、レッド・サーモン、パイク、スチールなどなどである。
そして、そして、である。こうした魚を釣り上げる時の文章の清冽さは凄い。こんな時は、余計な感想はやめて、原著から引用しよう。
スチールという海から上がってきたニジマスを攻める時は、
(スチール)は水中で身ぶるいプラグには真っ二つ割れそうな荒々しさで噛みつく。鉤にかかると一瞬で100メートルを突進して川の対岸までいったり、ダイナマイトの炸裂のように水しぶきをたてて大跳躍したり、上流へ走ってみたり、下流へ走ってみたり、スチールの闘争は千変万化する。激流というものには岩やら沈木やらが陰鬱にあちらこちらにうずくまっているから、糸はそれらとすれたとたんにバンと爆発音をたてて切れる。これがある。あれがある。釣師は忘我の狂熱、潜熱に駆り立てられて、スチールを尊敬しつつ呪いつつ、愛しつつ憎みつつ、孤独なたたかいに没入するのである。
はたまた、バスを攻める時は、
バスは鈎にかかると突進、猛進、水底へ水底へと走ったり、右に左に走ったり、ときには水しぶきたてて壮烈な跳躍をしたりする。怒りが全身をかけめぐってであろうか、ハードボイルド作家なら、アドレナリンの奔流が体内いっぱいに走ってと書くところだが、それまで胃のなかにあったもの、つまりとけかかった小魚を何匹となく水面に吐き出すことがある。バスが生簀に入れられたあと、波紋が静まって、夕暮れの蒼暗な湖に体の崩れた小魚があちらこちらに漂ったり、ゆっくりと沈んだりするところを見ると、戦場を見るようである。
そして、釣師って奴は、アメリカだろうが日本だろうが、魚しか目に入らないものらしい。
あるアメリカ人の釣師はスチールに狂ったあげく、都会を捨て、スチールの川の流れている森林地帯、それを領地としている林業会社をさがし、森林監督官として就職して山小屋に住みつき、寸暇を惜しんで川通いに没頭したところ、とうとう奥さんに離婚を宣言されたが、言下に承諾し、ああ、セイセイしたといって、ふたたび竿をとりあげて小屋をでていったとのことである。
ああ、釣師って奴は・・・。男って奴は・・・・。と「開高」風に締めてみよう
開高 健 「もっと遠く! 南北両アメリカ大陸縦断記 北米篇」下 (文春文庫)
下巻は、ニューヨークからニューオーリンズまで。北米というからメキシコまで入るのかと思ったら、どうやら生粋の「アメリカ」まで。
この巻は釣りだけでなく、食い物についても唸る一節の多い巻である。
一体に、開高 健の「食い物」「旨いもの」の表現は、汁(つゆ)がしたたるようであり、湯後が沸き立つようであり、なんとも唾を飲み込みそうな表現が多いのだが、この巻もその期待に違わない。
例えば、ニューヨークのオイスターバーで貝(ハナグリ)を食べるところでは
かわいいハマグリの淡桃色を一刷き。あえかに刷いた、白い、むっちりとした肉、それにレモンをしぼりかけると、キュッとちぢむ。オツユをこぼさないようにそろそろ口にはこび、オツユも肉も一息にすすりこむ。オツユは貝殻に口をつけて最後の一滴まですすりこむ。ムッツリだまったまま、つぎつぎと一ダース、二皿で合計二十四個。
同じニューヨークのチャイナタウンで小汚い中華料理屋に飛び込み、
魚片の入った熱アツの粥をたのむとうれしいことに香油(ゴマ油)を一滴ふりかけてくれた。油條をちぎりちぎりその粥に浸し、香菜(コエンドロ)をふりかけ、垢だらけの欠けレンゲですくう。口にはこびつつ、粥とゴマ油の香りと油條を少しずつ呑みこみ、ついでに声も呑みこんでしまう。
といったところや、
南部のフロリダで
"完全に南部風だ"という宣言はメニュにある。他の地域ではあまりお目にかかれない料理がある。たとえば"グリッツ"であり、たとえば"ナマズのフライ"である。グリッツというのは純白のトウモロコシの製粉粉で、これを茹でたのを添え物としてゴッテリと、どんな皿にものせる。ただトウモロコシ粉を茹でただけで何の味もなく、ちょっとザラザラした重湯かオートミールといったところである。それからビフテキやフライドチキンはどこでも同じ型どおりだが、南部特産料理はチャンネルキャットというナマズのフライで、皿いっぱいにドカドカと盛り上げて出す。頭を落とし、ヒレをとり、皮をすっぽりとハイだのを、三枚におろしたり、切り身にしたりして、粉をまぶして油で揚げるのである
といったあたり、そんじょそこらの料理書やグルメ本にない、旨そうなもの、ちょっと食指が動きそうにないもの、ドッテコトなさそうなもの、ひっくるめて筋の太い味を出している。
それに加えて、フィッシュ・ファイトである。ここでも相手とする魚は巨大であり、乱暴な戦闘相手である。
カナダのトロントで出会う、パイクの親戚のような魚"マスキー"は
ひとくちでいうと、足のないワニである。巨大な、固い、ゴツゴツした頭があり、耳があるなら耳まで裂けたといいたくなるような口である。その内側には炭素鋼製のような鋭い歯がギッシリと生えている。この歯が曲者で、大きいのも小さいのも、ことごとく釣針のように内側に向かって反っていて、一度くわえこんだえさは、小魚であれ、カエルであれ、本人が吐き出したいと思っても咽喉へ咽喉へと送り込むしかないという仕掛けになっている。
こうした魚と格闘し、釣り上げた時、「完璧の時」「裸の知覚」を感じとるのだろう。
諸事に倦み、疲れていたであろう開高 健が、晩年にいたるにつれ、釣りにおぼれこんでいった快楽がわかるような気がするのである。
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