黒田勝弘「韓国を食べる」(文春文庫)

2006年1月3日火曜日

トラベル

t f B! P L

 韓国に20年以上駐在している有名新聞の支局長さんの本である。


食べ物のジャンルで紹介していいのか迷う。韓国の旨いものや有名店の紹介本ではなく、食物を通した韓国の文化や政治、生活や考え方への筆者の暖かい思いのあふれる本である。


とはいいながら、やはり食べ物は食べ物の本。でてくる素材も魅力的である。臭いがキツクてもやめられない世界に誇る嫌悪食品のエイ(ホンオ料理)やソウルオリンピック開催前にも規制された犬料理(赤犬が旨いらしいが)はともかく、韓国に行けば一回は食べるサムゲタンやフグ、そして韓定食などなど。


こうした料理もののはしばしに韓国のいろんな文化論とか文明論とかが散りばめられてくるのが、こうした食べ物本の面白さであろう。


いわく、「韓国人は寂しがりやだから一人では食べない」とか「コリアン文化には「借金してでも客をもてなす」というところがある」それほど情に厚いのだが、逆に言えば見栄っぱりでもある」とか「韓国人の「パリパリ(早く、早く)が料理にも反映している」とか韓国に旅行したり、知り合いがいると、頷いてしまうところがある。


ちょっと気になるのが、韓国の人も若い人は、辛いものをあまり好まなくなっているというくだり。実は下川祐治さんの旅本でも辛いものが苦手なタイ人の若者が増えているというくだりを読んだことがある。


国が繁栄し、豊かになると、こうした辛いものや塩辛いものへの嗜好を失っていくということなのかな、と思ってしまう(日本だって、貧しい頃は塩辛いシャケの一切れや梅干が唯一の弁当のおかずだったことがあるのだ)。それは、辛いもの、塩辛いものへの嗜好を失うことだけでなく猥雑さや野性味を失っていくことなのかもしれない。


こうした感慨も筆者のいう、西洋的な環境(オキシデンタル)に身をおきながら、野生を求めるオリエンタリズムの悪弊かもしれないが、経済的な力がついていくことは全ての生活文化をいやおうなしに変えていくものであるし、変わっていくことはやむを得ないものなのだと感じる。(SF者的にいえば、民族が老成していことなのだ、ってなことを言うのかな。しかし韓民族にしても、タイ民族にしても歴史的、文化的には古い歴史をもっているから、すでに老成している民族の一変化と捉えるべきなのかもしれない)


なにはともあれ、ひさびさに面白い食べ物本に出会った感。このブログでも食べ物本をしばらくとりあげてみようかなー。

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日本の人口最少県の住人。なりわいは行政書士。読書好き、ガジェット好きの昭和人です。

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